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年を重ねることの意味

更新日:2024年4月4日


 新たな年を迎えました。また、それとともに年を1つ重ねられます。その不愉快な気持ちが最高潮になるのが誕生日です。特に若い人たちには、お勧めできない「マイナス思考」です。そこには「自己肯定感」が感じられません。良い子は、真似しないようにしてくださいね。


 そんな思いをもち始めたのは、いつからだったでしょうか。まあ、ある程度の年齢になってからであることは、間違いないでしょう。おそらく、自分を「中古」者だと感じ始めてからでしょう。ちなみに、この場合の中古は「ちゅうぶる」と読みます。


 年を取るたびに、失うものがあります。私は30代で既にヤバくなり始めたのが、ホルモンの影響とか何かで、額が徐々に広くなり始めたのでした。40にもなると、頭の上全体が薄くなり、脇が厚い磯野波平さん風になりそうな状態でした。


 これはどうしたものか。育毛剤を見たら、かなりいい値段でした。また、始めたとしても長続きしないことは、明らか。考えた末に、思い切って丸刈りにしました。確か43歳になった頃でした。多くの人が驚嘆しました。それまで身なりには、カッコつけていたからです。


 見た目は、お坊さんのようでしたが、ヘアスタイルを気にせず、シャンプーでゴシゴシ洗って、ドライアーで乾かしもせず、1年中自然乾燥でOKなのです。実に気楽で、若い頃からこうしていればよかったと思うほどです。


 しかし、後に白髪が激増したため、散髪の度に染めてもらうようになりました。白髪でも、イチローさんのようだといいのですが、染めないとただのお爺さんに見えてしまいますから、染めるしかありません。丸刈り+ヘアカラーの代金は4,000円。2ヶ月に1回ですから、安いもんです。今や私にとって定番スタイルです。


 62になった今でも、同じスタイルで、何の違和感もなくなり、実に気楽で、今となってはやってよかったと思っています。おかげさまで多少薄いながらも、髪の毛に不自由していません。老いた顔が、ヘアスタイルとマッチしている状態になっています。


 あの時は、ムースを使ってオールバックにしていて、それなりに長い状態でしたが、あのままだったら、磯野波平さん状態になり、それが嫌でスキンヘッドに金を費やす状態になっていたことでしょう。結構頻繁に剃ってもらう必要があると、聞きました。


 老いは、人の外見に多大な影響を及ぼしますので、若づくりに走る人も多いようです。しかし、寄る年波には勝てっこありません。自分の老いを「受容」する必要があります。


 諦めとは違うと思います。若い頃にはなかった、心の自由を手にします。ですから、若い頃に戻って、同じ自己否定的な気持ちを、再び味わいたくないのです。年取ると、自己肯定感のような芽生えがあるのです。


 若い子たちが多く働く職場にいます。ちょうど自分の娘世代の人たちです。私は、蚊帳の外で、黙って会話を聞いています。なぜか、楽しそうではない雰囲気を感じます。世代が大きく異なるとは、また違う違和感を感じます。話の砕けかたが、中途半端なのです。可哀想だと思うことも、少なくありません。


 うまく表現できませんが、若い人たちなりの「よさ」を感じないのです。若者特有の至らなさは、中学校に勤めていた時代に散々味わいました。時には、可愛く感じたものです。「昔は良かった」と話すことは、年寄りの戯言と思ってもらえるのも、私たちの特権。若い人たちには、使用禁止の特権です。


 年を重ねると共に、厚くなるのはツラの皮ぐらいですが、それがまたいいもんなのです。まら些細なことを気にしなくなったのも、若い人たちには獲得できないものです。


 今や人生50年から100年に倍増したように言われるようになりましたが、健康年齢を考えると、せいぜい80年ぐらいが限界かと思います。謎の洞窟に行くと、それぞれの寿命を示すロウソクが立っているそうです。徐々に短くなっていき、そして消えます。


 心の燈の話は、いつ知ったのか忘れてしまいましたが、妙に説得力があります。今のような生活も、あと15年というところだと思います。もしかしたら、もう少し早く、アラームが鳴るのかもしれません。もしかしたら、もうラスト10年かもしれません。


 私のような者には「将来」という言葉は、当てはまりません。ちょっと粋な振る舞いをしてみたいとは思います。例えば、いい年して、スポーツカーを優雅に乗り回すことなど、年寄りだからこそかっこいいことをしてみたいです。2ドアのオープンカーなんかがいいですね。


 豪快な打ち上げ花火ではなく、よく見ると味わい深い線香花火的に、ちんまりとした美しさにこだわって、生きていきたいと思います。自分が主役ではなくなって、裏方に徹するのもいいでしょうね。

 

 これが、若い人たちとの決定的な違いです。平坦な道のりではありませんでしたが、何とか今まで過ごしてきました。人生のノウハウも少しは知っていますが、若者たちは耳を貸そうとはしません。それでいいのです。生き方は、自由ですから。


 年のせいにはしたくないことは、一応あります。いかにして集団に埋没せず、自分のキャラを立たせるかという大問題を、ビフォー・アフターの前者である意識が、ないように見えるのです。言い換えるなら、若者たちは、これから困難な「個性化の過程」に直面することになるのです。お気の毒様と言いたくなります。


 レールの上を走る人生は、面白くも何ともない、つまらない人生です。また、義務と権利の両立という、難しい課題が待っています。そのプレッシャーに負けるなと、応援してあげたい思いです。また、心の自由ほど獲得に苦しむことはないと付け加え、年寄りの戯言を終わりにします。








 

 

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学校心理士

​健康経営アドバイザー

髙  橋     

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