- Toru Takahashi
- 2024年3月17日
- 読了時間: 4分
更新日:3月27日

カバー画像には、ハンコ1個にその印影を載せて見ました。中国浙江省杭州郊外にある知る人ぞ知る「西冷印社」で買った石に、現地で注文して彫ってもらった物です。さて、この石の値段はおいくらでしょうか。
石にハンコを彫るのを「篆刻」と言います。書道の作品の名前の下または、紙の右上に押すアレです。西冷印社は、篆刻の学術団体だそうで、篆刻のグッズも販売していました。義理で行った隣町の日中友好訪問の楽しみは、ここへの訪問だけでした。
中国でお土産を買うつもりはなく、空港の免税店でハワイのマカデミアン・ナッツのチョコを買うぐらいでした。まともに買ったのは、ハンコだけでした。その値段は、何と5万円!それでも、まだ安い方でした。
篆刻の石材は、蝋石、青田石など、ピンからキリまであります。私が買ったのは「鶏血石」でした。読んで字の如く、血のような色が珍重され、赤い部分の割合により値段が異なってきます。最高級の品は、石全体が血の色で真っ赤でした。買い物は、これにて終了です。
リクエストで「亨印」と彫ってもらいましたが、やめておけばよかったと後悔しました。だいたい篆書にすらなっておらず、鶏血石そのものすら、怪しく感じました。店員さんの「トウキョウ デハ 10マンエンスルヨ」に、騙されたのかもしれません。
篆刻にハマったのは、2校目在職中、美術担当の先輩から手ほどきを受けたのがきっかけです。彼は、書道の「師範」の免状を持っているので、嘘偽りなく教えてくれた上に、作品の評価もしてもらいました。その後、秋田県に戻り1993年には「選択教科」を命じられました。
美術担当は本格的な油彩を教え、国語担当としては、楽しくてやりがいのある篆刻を教えることにしました。意外にウケが良く、希望者が絶えることなく、10年やりました。消しゴムではなく、石を彫るのは集中力が必要で、また独特の楽しさもあって、騒がしくなることもありませんでした。
名作から迷作まで、生徒の若い感性が、篆刻という古めかしい作業で表現されました。作った作品に私が、なかなかOKを出さないのにも奮起したようです。思えば、参加生徒一人一人と、ノンバーバルなやり取りを、楽しんでいた私がいました。
まず石1個と篆刻刀、耐水紙ヤスリ等の入った「篆刻セット」を購入し、それに2、3個の石を買い足して、授業スタート。まずは、陰刻(文字を彫る)、陽刻(文字の周りを彫る)で名前を彫ってもらい、後は自由作品としました。1年35週で、4個ぐらいのスローペース。ゆっくりとした濃密な時間が流れます。まともな作品に仕上げるためには、何回もの修正が必要になります。その覚悟がある人だけが、篆刻を選びます。
生徒と一緒に、私もいくつか制作しました。上の写真に示すように、稚拙な作品ばかりです。それでも、自分なりに楽しんで取り組んでいるのは感じていただけると思います。自分の名前以外は「凡」「杜撰」「破天荒」など、適当に思いつくままでした。
厳密に言うならば、篆書には「大篆」と「小篆」があって、区別されるべきではありますが我流ゆえ、篆書辞典に載せられている好みに合う方を選びました。また、線の太さ等々の流儀があるそうですが、自分の好み優先として、専門家からみれば、チグハグな作品になったというのが、正直なところです。
書の落款として使われることが一般的かと思いますが、篆刻のみ趣味にしている人は、少ないとおもいます。硬い石を彫ってハンコを作る作業は、私にとって気分転換的要素を重んじています。辛い作業ではなく、クルマを運転する感覚に近いです。共通点は、ある程度は神経を使い、危険や失敗を回避するところが、覚醒を呼び込むというところでしょうか。
ハンコ社会は終わりを告げてるようです。しかし、ハンコ文化は健在です。消しゴムを使ったハンコが、流行っているそうですが、篆刻も趣味の産物です。墨色の書に朱色のアクセントは、なかなか良い景色です。
今同じことをやれと言われても、目が言うことを聞いてくれません。外向きの斜視である両目を注視させるのも難しく、乱視も進行しているようです。そのため、とても手を出す気にはなりません。また、ルール無視の我流を改めてすることもないでしょう。
選択教科は、今は無きに等しくなりました。それは、ゆとり教育の終焉っとも重なります。あれだけうるさく言われてきた「選択履修幅の拡大」も手のひらを返したように沈黙して、狭義の学力向上が口うるさく言われるようになったのです。同じ口でよくも言えたものです。
篆刻の他、選択教科では、演劇と称して口パクによるオペラ座の怪人やコントなど、ふざけ半分のこともしてきました。楽しい思いをさせていただきました。あの頃は良かったなんて、年寄りの戯言に過ぎませんね。
ハンコ彫りは楽しいですよ。興味のある方は是非一度お試しあれ。