- Toru Takahashi
- 2023年11月7日
- 読了時間: 6分
更新日:2024年1月21日

思えば、ストレスに鈍感だったと思います。毎朝7時前に出勤、午後9〜10時頃に退勤。半ドン時代は、午後練習に翌日練習試合。学校という一種独特な職場を好きにも嫌いなることもなく、「スポーツは体に悪い」が口癖でしたから、今で言う「過労死」レベルだったのにも何ら苦痛らしきものも感じない生活でした。
一般に残業という言葉が通用しない職場ゆえに時間を公私で分けるという考え方さえなく、その果てには、働いている感覚さえもっていないぐらいでした。正常でなかったことは、紛れもなく事実でした。こうして勤務時間をを意識する感覚は、転職するまでありませんでした。
小学校低学年を担任した経験のある先輩から聞いた笑い話です。この年代での「みんな」という存在は、自分の目に入る人たちの全員のことです。ある日、気が緩んでいた指示、「みんな、明日まで〜を持ってきてね」「はーい!」で、全員が忘れて罪の意識すらない状態だったという話を聞きました。つまり、ここで言うところの「みんな」は、自分以外の人たち「みんな」ということになるのです。
長い前置きになり恐縮ですが、私のストレスに対する捉え方も同じようなもので、みんなが忙しく、みんな仕事に苦しんでいる中で、自分の問題として感じてはいなかったのです。まあオメデタイ奴と言われたら、その通りでした。
新卒で訳のわからぬ世界に飛び込んで、自分たちに、休日は与えられないものと、納得している自分がいました。年次休暇を取得するということも、自分には関係ないことだとも、思っていたぐらいです。
忙しさにストレスを感じることもなく、中途退職しました。しかし、転職してからの8年間は、暇と称するストレッサーに、酷く苦しめられました。上限は、前職の1000分の1であり、最初の1ヶ月は「解放」感、次の1ヶ月は「開放感」を味わいました。何と午後5時ジャストには、退勤するんです。しかし、この心地よさは2ヶ月で終わってしまいました。残ったのは、遅々として進まぬ時間との闘いでした。
ある日から、メモ用紙に「正」の字が並び始めました。文句を言う相手もいません。ただ、そこに座っているだけというだけで、歯ぎしりの音が聞こえてきました。暇つぶしにも、限界があることを知りました。転職して最大のストレスが「暇」だったという、実に皮肉な結果になりました。毎日同じで、毎年も同じという絶望的状態です。そう思うと、胃が痛いような気がしました。運良く定年退職できたと、今も思います。惜しかったのは、時間です。元に戻りません。あのままで居たら、じわじわとうつ病になっていたことでしょう。助かりました。
いつの頃からか、人は何のために働くのかという命題をもつとともに、ストレスを自分の問題として考えるようになりました。ノン・ストレスこそが地獄だと、断言できるようになりました。老後にのんびりなんて、空想の世界の産物だと知りました。当初思っていたことと、真逆の出来事との出会いばかりでした。暇を持てあますことに耐えられなくて、自ら動き始めました。思うに、社会人になってから、自分のすることを自力で考える初めての経験でした。それが心理学の勉強でした。今までの人生で、自分の意志で始めた唯一のことでした。
秋田市で行われている産業カウンセラーの講座にも通いました。鈍重になっていた「傾聴」の力も戻ってきました。私以外の参加者は、話を聴くトレーニングではなく、個人的事情を話して共感を得たい人たちばかりでした。同じ金額だと20回以上もプロのカウンセラーに診てもらえるのにと思いつつ、途中までお付き合いしましたが、ついていけなくなって退会することにしました。
ネット・サーフィンの如く、あれこれと勉強し直しをするようになりました。ある日、ストレスチェック制度の話を聞きました。私には知らない世界です。というのは、2014年に中途退職して、この制度がスタートしたのは、翌年の2015年からで、検査そのものを受検したことがなかったのです。つまり、従業員50名未満の事業所に転職したということです。
この制度について質問された誰もが、不快そうな顔で「フン、あんなもの」「ああ、お役所の差し金ねえ」といったリアクションをするのが不思議な感じでした。何かプレッシャーをかけられているのかというと、特にそんなこともなく、年に一度のアンケートに回答して終わりという、軽く捉えている人が多かったと記憶しています。私自身も、年に1回だけの質問紙で何がわかるのか?そんなことなんて、いつでも楽ちんに誤魔化せると言うような程度でした。
また、個人的に送られる結果も、一番当たり障りのなさそうな回答をしたので、興味関心ゼロで、結果の通知もを見ないでゴミ箱ポイという人が、異様に多かったことも、当然のことだと思いました。自分がどれだけのストレスを抱えているかを知ることは、今の世に必須の考え方でしょう。しかし、こんなやり方では、統計としての信頼性に欠けている上に、その結果で心動いたりするはずがないと思います。
また、ストレスフルな状態に気づいたら、それが悪性に変異しないように、できるだけ解消していく手段を考えることが、必要なのだそうです。例えば、散歩や軽運動など。それで消えるストレスならば、放っておいてもいいんじゃないのと、意地悪な質問をしたくなります。
かつて、他の人たちに高ストレスだと思われていた仕事は、3年生国語5クラスを担当した際、1年間で定期テスト5回と高校入試対策業者テストを10回、計15回の採点が課せられたことでした。どのテストでも、1回につき8時間以上費やします。必ず翌日に返すと言ってしまったので、どんなに早くても、採点終了・Excelに記録で、午後10時半になります。
かつての私にとって、低ストレスな作業になります。すなわち、ストレスの強弱は、人それぞれということです。正解なら丸印、不正解ならバツ印の単純作業を無心に続けていけばいいのですから。そんな作業から面白味を見つけた時、やりがい(?)を感じます。
自分のクセを自分で発見した時は、何であれ興味深いものです。逆に、そんな単純作業でストレス発散していると思うこともありました。ここまで書いて気づいたことは、人の参考にしてもらえないことを、脈絡もなく語っている自分です。
自分を客観視するということが、ストレスを和らげる方法だというとが、正しい考え方だそうです。ストレス発散の方法は、私にとって散歩ではなく、果てしなく続く単純作業だったに過ぎません。ここで、顔をしかめる人が、多数出てくるはずです。
結局は、私の一番のストレッサーは、何もすることがない状態に拘束されることです。これには、同感してくれる人も多いことでしょう。今の勤務先は、スタッフ間の人間関係も薄くて居心地がいい所です。そして、日々のルーティン・ワークは、ちょうどいい労働量なのでしょう。しかし、ストレスは軽すぎるというような本音は出さないようにしています。
読了時間も嵩んできましたので、ストレスに関する「四方山話」は、打ち切ります。この話題に関しては、できるだけロジカルな文章による第二弾を書こうと考えています。雑談にお付き合いいただき、ありがとうございました。